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ミュージカル・コメディ

 投稿者:好本健一  投稿日:2009年11月 7日(土)05時20分53秒
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   深い一人旅の中でこそ、真の共同創造の営みが見えてくる。

 本来、すべての個は、とてつもなく個性的。

 それは、自分の個性が、ONENESSから出ていることを知っているから。

 あなたと私とは、同じ。

 どこからどこまでも、すべて同じ。

 違うところなど、ひとつもない。

 だから、そこには、あなたもいなければ、私もいない。

 あるのはONENESSだけ。

 すべての細部に宿る、広大無辺のONENESSだけ。

 それがあなた、それが私。

 そして、すべては、私。

「私」とは、「渡し」。

 ふれあいの和の中に、私の光が、渡されてゆく。

 そして、私の光があなたに灯り、

 巡りめぐって、私が自分の光に祝福される。

 その祝福の中に訪れる納得。

 そう、ONENESSとは、とってもパラドキシカルなもの。

 そう、すべては、同じ。

 すべては、ONENESS。

 しかし、そのように感じる「感じ方」は、

 一人ひとり、すべて異なる。

 だから、宇宙は、

 光彩陸離の個性に満ちた、無数の個たちの愉快なミュージカル・コメディ!

 しかし、現実の試練は、辛く苦しいもの。

 しかも、積極的に望んでもいないのに、

 大中小の、辛く苦しいバリエーションが、豊富に存在する。

 思いは、実現する?

 思いは、実現しない?

 答はひとつなのに、なぜ問いかけは二つもあるの?

 それが答。

 なんて回答は、あまりにも酔狂?

 疑問符が存在しない世界と、

 疑問符が存在する世界とが、

 メリー・ゴー・ランドしてる。

 それが、宇宙の愉快なミュージカル・コメディ。

 観客の私は、

 眼差しを通して、

 舞台の上でコメディしてる!

 そして、「観る」ということは、

 対象をスライスするということ。

(スライスするリズムは、愉快なミュージカル・コメディの乗りで!)

 日々、眼差しは、一瞬、一瞬、対象をスライスしている。

 そして、スライスされた一枚の裁断面は、

 その一瞬を通して多くを語る。

 しかも、そこから抜け落ちる、その前後の物語も豊富。

 しかし、連続性の響きを残す裁断面は、

 その前後の物語のエコーをも、今という時の中に響かせる。

 それはもう多彩に重なり合う、今という時のハーモニー。

 その中の、ひとつの現実は、

 その奥行き豊かなハーモニーに支えられた、ひとつの響き。

 そして常に、一度に感じられるのは、ひとつの響き。

 しかし、常に、それを取り巻いて、

 それを支える多彩なハーモニーが躍動している。

 でも、そうでありながら、

 やっぱり、それは、たったひとつの物語。

 一枚のスライスに重なり合う、

 幾つものあったかいハートが奏でる、たったひとつの物語。

 そのぬくもりの中で、

 次の一歩が選択されるのならば、

 その歩みは、どう転んでもいいんじゃないでしょうか?

(そう、その歩みは、どう転んでも、

 観察次第で、

 おもしろい展開にもっていけるんじゃないでしょうか。)

 だって、宇宙の愉快なミュージカル・コメディは、

 その展開を書いたシナリオ・ライターだって、

 アドリブが含まれるミュージカルの、

 次の展開は読めないのですから。

 でも、シナリオ・ライターも舞台監督も、

(そして、深いところでは、

 すべての観客も、つまりすべての登場人物たちも)

 何も心配してないみたいです。

 だって、それは、どう転んでも、

 愉快なミュージカル・コメディだと、

 一人残らず納得しているようですから!
 
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