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うんうん、そうですね。公園を散歩している犬や猫をみていても、人間につきあってくれているんだなあ、と感じることがありますが、やはりそういうものかもしれません。
姉の家では犬の前にはムクドリを飼っていました。ワンコも捨て犬でしたが、ムク鳥も巣から蹴り出されたらしく屋根裏に落ちていた、落ちこぼれの雛でした。動物大嫌いの姉でしたが、動物であろうが小さな赤ん坊の生命はさすがに見捨てておけずに、ピッちゃんと名づけて一生懸命育て上げ、そのかいあって大変元気になりました。
子供の代わりでもあったためか、冷暖房完備の6畳のお部屋と3畳ほどのベランダが専用の部屋で、来客のない時には家中好きなところをかけめぐっていました。
ムクドリは鳴きまねが得意らしいのですが、愛情たっぷりに毎日話しかけられるうちに人間の言葉をどんどん覚えて、3歳児くらいの語彙力があって周りの人びとを驚かせました。
どの言葉をどの場面で使うのかを心得ていて、たとえばご主人が出勤する時は「パパいってらっしゃい、はやくかえってきてね」とお見送りをしますし、姉が買い物に出かけるときは「ピッチャンお留守番、ひとり、ひとり、、、」とつぶやき、私が訪れた時もみんなのど真ん中にわざわざ飛んできてフンをピッと出して、「ピッチャン、うんこしたー!」と頭を高くして叫びます。わたしと姉がおしゃべりをしている時に新しい語彙が出ると、その場ですぐに覚えてしまいます。
ある日の午後、ピッチャンは家を抜け出して、となりの林の高い木のてっぺんにずっと留っていました。人間の言葉をしゃべっているので、姿は見えなくても居るのがわかります。何度呼んでも知らん振りで、木の上で人間のことばをしゃべっています。いよいよ日が暮れかけてきても戻ろうとしません。姉はついにしびれを切らして「ピッちゃんなんかもう知らない、ママは帰りますからね。じゃあね!」と家に戻ろうとしたら、ひゅんと飛んできて頭のてっぺんに舞い降りて、頭に載ったまま一緒に帰宅したこともあったそうです。知らん振りも、ちゃんとわかっててやっているんでしょうね(笑)。
犬でも鳥でも、愛情を注がれるほどに、あっと驚くほどのコミュニケーション能力を見せてくれます。植物でも物でも同様なことがあるんでしょう。
散歩に連れて行ってもらえない犬とか、やさしい声をかけてもらえないペットとか、子供とか、もし主(飼い主、親)が愛情不足で飢えていて愛を供給してやれないのだとしても、それならばなおのこと、主は自分がしてもらいたいことを相手に与えると、閉じていた回路が開いて、無限供給の愛のエネルギーが流れこんでくるんですよね。自分にも、周りにも。
人間は地球上のすべてのものに責任があり、人間が発したものが自然界の動植物にも多大なる影響を及ぼしています。野生の世界で弱肉強食やいじめをしているのを見ると、それこそが自然の法則だと勘違いしてしまいそうになりますが、波動の法則から観るとあれは人間がやっていることなんですよね。。
大豆に白い小さな花が咲きました↓毎朝心の中で話しかけるようにしていますけど、声を出したほうがいいのかな。。。
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