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ひまわり へ。

 投稿者:徳田神  投稿日:2006年 3月18日(土)18時30分19秒
  徳田神 より

神に“アドバイス”を求めるとはなんたるバイト仲間感覚だ。
困ったものだ。



愛が冷めてしまうと感じたという事は、
やはり初期段階が「アツアツ」で、
それは単に
熱を持つ食べ物とか、
上昇する体温だとかに例えているということを忘れている。

単なる例えであるはずの
「熱」を、
本当だと当てはめてしまうから、
移り変わる感情の違いを「冷めた」などと一方的に悲観的にとらえてしまう。

それに比べて
「別れ」は単に「悲しい」とストレートだ。
別れに対して
「粘ついて糸をひきそうな」とか
「つきすぎたモチのように」などということは言わない。

つまり先ほど言ったように、
「愛が冷める」というのは、例えだったのだ。

付き合い始めがなぜ楽しいのかというと、
それは無理矢理なレールに自分が乗って、
強制的に「恋の道」を突き進むからである。

付き合い始めることは自分で決めるものだが、
その道のりで起こることは予想しがたい。

ちょうど、ジェットコースターと同じである。
乗る事は自由意志だ。
誰も悪くない。
しかしそれが怖くて楽しいのは、自分ではコントロールできない
ハンドリングとスピードで、無理矢理引きずり回されるからだ。
自分で運転できるなら、きゃああと叫ぶこともなくなる。
第一それを、ジェットコースターとは呼ばないだろう。

自分でコントロールできるようになってくる
「付き合い」というレールに、また新たな障害を設けることができたなら、
マンネリとか繰り返しだとかいう恋の怠惰も解消されるかもしれない。
遠距離だとか、ライバル出現とか。

しかしそういう邪魔者を克服できずに、ダメになることもある。
自分で乗車賃を払っておきながら、酔いに酔ってゲロゲロゲーッな場合もあるのだから。

つまりオマエが物足りなくなっているのは刺激が足りないからである。
どんな状態で始まった恋であっても、いずれ訪れる段階である。

オマエは、視点を変えねばならない。
今まで、相手のどこを見ていたのか。
これからは、もっと奥を。
さらに奥を。
ちょうどその奥に、自分ならなにがあるのかを。

恋は娯楽だが、
愛は違う。
 

徳田神様へ

 投稿者:ひまわり  投稿日:2006年 3月16日(木)03時46分39秒
  一緒にいて楽しくないと思ってしまうのは、私の彼への愛は、冷めてしまったという事でしょうか?
それとも私が楽しもうと努力すれば治るのでしょうか?
努力なんてしなくても、前は一緒にいれば自然に楽しかったのに…

別れた方がいいのかなぁ…と考えてしまいます。でも3年弱付き合っているので、やっぱり「別れ」はどうしても悲しいし、ずっと隣にいた存在の人がいきなりいなくなるのかと思うとものすごく恐いです。けどそれは「好き」ではなくて、ただの情だったり、甘えだったりするだけなのかなぁと思ったり…。結局どうしたらいいのかわからなくて。。
ぜひアドバイスをください。お願いします。
 

みぃ へ。

 投稿者:徳田神  投稿日:2006年 2月11日(土)21時30分24秒
  徳田神 より

「愛する」の反対が
「愛される」だと思い込むことが、まず間違いの始まりである。


「愛する」の反対は
「愛さない」であって
「愛される」ではない。

だから
「こんなに愛しているのに、なぜ私は愛されないの?」という問いには無理がある。

オマエが愛す事と、
誰かに愛されることとは、本来無関係だ。

しかし、そうではないとも言える。

オマエが愛することで、
相手の「愛す」気持ちが刺激され、結果としてオマエが愛されるという場合はある。

だからそのどちらかの「愛す」が萎えた時、
すでにバランスを失った愛は崩れ始めている。

しかしそれが倒壊しないのは、
ふたりの関係を固めているのが愛だけでなく、「その他諸々の事情」であるからだ。
そのうち、その他諸々を処理するうちに恢復する愛もある。

「愛されたい」と願うのは勝手だが、
まず自分が愛さねばならない。
人を愛さない人間を、人は愛さない。

愛を知ろうとする人だけが、愛される。

本来は別のものだが、一周してねじれてつながっている、
メビウスの輪だ。

つまり、
愛LOVE YOU。


and you?
 

教えて下さい

 投稿者:みぃ  投稿日:2006年 2月 4日(土)23時33分58秒
  徳田神様

愛し愛される。とは、
それの終わりとは…
 

まぁー へ。

 投稿者:徳田神  投稿日:2006年 1月29日(日)03時51分0秒
  徳田神 より


なにが彼女の中でモヤモヤと、煙のように漂っていたのかはわからない。

こちらがなにをしてやれば、彼女は自分のように振る舞えたのかわからない。

脳裏に浮かぶ幻像が、行動と結びつかないのが普通の陽気な暮らしならば、
頭を横切る映像と文字がその行動を支配してしまえば、過激な旅になる。

彼女は正直すぎた。
うまく行かないことや、うまくできない自分を、うまく誤摩化せなかった。
彼女は賢すぎた。
悪く進む事態や、悪く考えてしまう自分を、悪く解釈してしまった。
彼女は寂しすぎた。
明るく笑える悲惨と、明るく泣ける孤独を、明るく処理できなかった。
彼女は優しすぎた。
自分が振りまく喜びも、自分が発する光も、自分のおかげだと信じなかった。

彼女は、ほめてもらいたかった。
ほんの一言でもよかった。
いいよねえ、すてきよねえ、すばらしいよねえ。
彼女の気持ちに今一歩近づくとしたら、今の彼女を、ほめてあげるしかないのではないか。

彼女は自分が、楽な気持ちになれるところへ行った。
今現在、彼女はツラい立場にはいない。
肩の荷を降ろし、ラフな服装で、微笑んでこちらを見ている。

オマエが彼女を忘れることはないだろう。
彼女も、オマエを忘れることはない。

オマエが、彼女のいちばん良いところを知っているように、
彼女もオマエを、今でもうらやましがっている。

オマエは、彼女になるのだ。
オマエでありながら、彼女にもなれ。
オマエが、一部分でも彼女として生きていれば、彼女はきっとそこにいる。

彼女はきっとそこにいる。
今はなにもないけれど、
オマエはこの先、変わらず彼女をやさしく思ってあげればいい。

必ずまた、会えるから。

http://www.standism.com

 

徳田神様

 投稿者:まぁー  投稿日:2006年 1月25日(水)23時02分11秒
  先日、小さい頃から一緒に成長してきた従妹が他界しました。
19歳と2週間という若さで逝ってしまいました。
母親同士が姉妹で、小さい頃からしょっちゅう会ってた。
大きくなってからは2人で遊びに行ったりということもよくありました。
そんな従妹が…1番してはいけない死に方で…。
お正月に会った時、いっぱい話したけど何も気付いてやれなかった。。。
何もしてあげれなかった。それだけが本当に心残りで…悔しすぎます。
こんなん思ってたら死んだ従妹も浮かばれないのはわかってるんですけど…やりきれない。
楽になる方法ってあるのかなぁ?時間が解決してくれるのかなぁ?
 

グレ へ。

 投稿者:徳田神  投稿日:2006年 1月16日(月)03時37分32秒
  徳田神 より

オマエには腕があるか。

オマエの腕の先に指はあるか。

オマエの指先は、いつもなにを感じているか。


オマエは「弱さ」に、

逃げ込んではいないか。

相手を思いやる気持ちを、自分かわいさに反射させてはいないか。

相手をかわいそうだと思う自分が一番かわいそうと、
無意識に守ってはいないか。


孤独から逃げてふたりになって、窮屈から逃げてひとりになって。


喜びを嫌って悲しみを避け、
慈しみを遠ざけて嘆きに落ちる。

なにをしていいかわからないオマエを、
相手はどう理解すればいいのだ。

相手を一番に想うこと。
お互いがそうあればこそ、
そのちょうど中間点に本当の優しさが芽生える。

エゴのせめぎ合いで、
その中間に生まれるのは「妥協」。

ていねいに、
ていねいに、
自分の考えをまとめてみなさい。

イヤな想像からも、
逃げずに。

相手の心に壁ができてしまう前に。


大事な人を大事にできずに、
なにが人間か。


見えない傷の方が、痛い。




細かい悩みもさらに受け付ける。
 

神様

 投稿者:グレ  投稿日:2006年 1月11日(水)13時11分49秒
  大事な人を自分の弱さのせいで離れていなくてはならない状況にしてしまいました。
失いたくない気持ちはあるのに守り続けることが辛くなってしまいました。
すぐ自分のそばに戻せるのにまた辛くなってしまう気もして連れ戻せません。
今まで二人でいた部屋に一人でいる。
望んでいたはずなのに何をしてイイのか何がしたかったのか…

神様。
涙が止まりません。
しかし私以上に、離された相手はもっと泣いています。
私はどうすればイイでしょうか
 

ちょこ へ。

 投稿者:徳田神  投稿日:2005年12月19日(月)05時46分40秒
  徳田神 より

なにかをやるために生まれてきた、という人は多くない。

将来がすでにある程度まで決められている歌舞伎役者の少年や、
チベットで羊300頭を従えた父親のもとで育つ少女などでない限り、
可能性は無限だ。

何者でもない自分が、ふわふわと漂う。

自分が誰かもわからないまま、ただふわふわと漂う。

肩書きが、欲しいのだ。
名刺に書ける肩書きが、欲しいのだ。

どこかに所属することでまずは、
自分の肩書きが出来る。
「○○の、」
とまずは自分を語り始める事が出来る。

肩書きがないと、自分自身のことばですべてを語らなくてはならない。

肩書きがあれば、
「○○の、」と言った時点でその所属(会社やグループ)が、
その社会的信用や功績や信頼度を語ってくれる。

いままでは
「■■大学の…」が、オマエの肩書きだった。
学校が、社会のほとんどすべてだった。

これからは、違う社会に属さねばならない。
自分を語れる、自分にならねばならない。

自分で自分自身を存分に語れるのならば、なにも会社に属する必要はない。
モラトリアム(猶予期間)は充分ある。孤独と貧乏に耐えているひとも、大勢いる。

この2、3年に就職しなかったからといって、
2、3年早く死ぬと言うこともないし、
大学卒業と同時に企業に就職した誰かより、オマエが不幸になるなどということもない。

同じようなリクルートスーツを着て、同じような格好をするのは、
それぞれの個性をより、浮き立たせる為だ。
奇抜な髪型や派手な服装で面接に来られては、その物質的な飾りが邪魔になって、そのひと本人が見えなくなる。

服装や髪型は単なる「好き・嫌い」である。それによって取捨選択されてきた。
仕事になると単なる「好き・嫌い」でなにかを判断することは許されなくなる。
好きか嫌いに関わらず「やらねばならないか・そうでないか」が判断基準となる。

だから、「好き・嫌い」の象徴である“自由な服装”というのは、とりあえず邪魔なのである。

一度、学生時代にくっついた虚飾を取っ払って、下っ端からやり直させるために、均一な格好は必要なのだ。

本人に個性と魅力があれば、地味な服装でもじゅうぶん人を惹き付けることができる。それに耐えられないのであれば、服装も、移動も、食事も、住居も、ダイエットも自由自在な、ホームレスになればよい。

面接する側も、必死なのだ。
なにせなにができるかわからない若造に、いきなり毎月給料を払い始めるわけだから。
賭けである。

今まで生きてきて、
「ああ、死ぬほどあれがやりたい!」というものが見つからないのであれば、
1年フリーターをしたってきっと見つからない。
2年フリーターをしたってきっと見つからない。

ほかにどんな苦労をしてでもいい、あれをやりたいんだ!というものでなければ、本当にしたいものとは言わないのだ。
そう考えると、その時点ですべてを捨てられるなにかに出逢うという確率は、すこぶる低い。


やりたいことは、なにかをやりながら生まれてくるものだ。
探し物は、見つけようとしなくなった時にフイと現れたりもする。

新しい自分は、まったく新しい環境でないと誕生しない。
そんなに好きじゃなかったことが、だんだん好きになってくる、というのも素敵なことだと思うがな。


いったん就職したら宇宙ステーションで40年勤務…というわけでもあるまいし、
やっていけそうなところがあればそこで修行をする気で、就職してみるのもおもしろいと思われる。

どんな仕事も、無駄ではない。
荒く厳しくツラい磨き方の方が、宝石は光るのだから。


細かい悩みもさらに受け付ける。
 

徳田神様へ

 投稿者:ちょこ  投稿日:2005年12月16日(金)18時09分10秒
  私は大学3回生で周りは就活に一生懸命です。私も始めようとしたもののやりたいと思う仕事が見つからなくて、一生懸命になれません…自分が本当にやりたい事かどうかもわからないのに、踏み切れないんです。みんな同じように髪を黒く染めて同じようなスーツを来ていつもの自分らしさを隠して、そこに意味があるのか見出だせません。いっそ就活しないで一年フリーターしてやりたい事見つける時間にしようかと思ったり、だらだらフリーターはなんとなく良くないかなと思ったり。自分がこれからどうしたいのかがわからなくて答えが出なくて…言葉を下さい  

以上は、新着順31番目から40番目までの記事です。 1  2  3  4  5  6  7  8  9  |  《前のページ |  次のページ》 
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