|
|
徳田尊 より
気持ちというものが、重さもなく形もなく色もないと信じるならば、
なぜこうまで同じ場面を繰り返し思い出そうとして苦しくなるのか。
その記憶の反復は、実は「忘れたくないから」という未練を原動力にしている。
しかし、オマエも知っている。
その思い出が、だんだんリアリティを失ってきていることを。
再生される場面が、だんだん曖昧で短くなってきていることを。
傷を負ったと思うから、その行く末には「癒える」がある。
悲しい別離だと思うから、その行く末には「薄れる」がある。
時間は記憶を希釈するだけであって、
オマエ自身を強くするのは、やはりオマエ自身の行動だ。
オマエはまだ、別れというイベントのショックの余韻を味わっているだけで、
その原因や反省や後悔と、正面から向き合っていないのではないか。
次なる行動は、それだけで過去の感情を中和する働きがある。
美化された風景が、静かに脳裏をめぐる。
悲しくも、いつしか時間はそれすらも押し流してしまうけれど…。
これだけは、絶対に言える。
オマエには、もっと素晴らしい人が必ず現れる。
オマエがそのこころの痛みと闘うことから逃げさえしなければ、
多くを包み込んでくれる素敵な人が、必ず現れる。
そんな誰かが、きっと待っている。
だからせめて、あの日の影に言おう、
『Good Luck My Love』と。
細かい悩みもさらに受け付ける。
痛みを持つ人間に、神は優しい。
|
|