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徳田尊 より
今日も昨日もたぶん明日も、地球は回っている。
24時間で約4万キロメートルを一周するこの星は、時速1300キロ以上の高速で回転している。
しかしその星の上で暮らす人間には、それを感じない。
オマエの言葉には、誤摩化しがある。矛盾がある。
隠している事がある。嘘も少しある。神は、見ているぞ!?
自分の願望に沿わないことが、事の大小を問わず、人生にはある。
目的地への切符を買えたり、その切符が正しかったりという、すぐに忘れてしまうほどの小さい成功もあれば、
好きな人が自分を好きでい続けてくれなかったり、あんなに好きだと言った時代まではいくら祈ってももう戻らなかったりという、
その先の生き様を想像する余裕すらなくなるような大きさの陥穽(かんせい)もある。
時間が解決するのは、こころの傷であって、事態の収束ではない。
オマエが生きている地面は、お前がただ目を閉じ待っている間も、回転が止まればすべての物が吹き飛ぶほどのスピードで回っている。
小さすぎる存在である人間が、それを都合良く忘れているだけだ。
オマエが抱えている荷物をよく見ることだ。
中身が抜けて、空箱だけになっていないか?
よくあることだ。後生大事に抱えていたモノが、いつしか下らないゴミに思えてくる。
そのゴミは時に、“いい思い出”とも呼ばれる。
最初に別れた原因と、再びオマエの前から彼がいなくなった原因を、自分と神に嘘つかず、
静かに見つめ直してみることが、
これからの幸福を導く種になろう。
細かい悩みもさらに受け付ける。
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