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死は生の集大成

 投稿者:メール  投稿日:2011年 7月26日(火)22時02分12秒
  村本さんのエッセイを読み、書きたくなりました。
これまで死にゆく人々と関わって、人生をまとめあげた人は数人しかいません。
どうやら人々は、人間は永遠に生きると勘違いして「まとめる」間もなく逝ってしまうようです。

人は、その生を、どうやら生き抜く方向に仕向けているようですが、私には、その人の生が、そのものの生が、次世代へ伝達され、次世代の生き方に反映されているのではないかと考えます。

ただ、考えたいのは、生に執着することから見えなくなる、次代の人々の育成に関する視点を失うこと。喪失です。私が人々の死から学んだこと、「まかせること」、です。

すばらしいかな、人はどんなにあれ他人に影響を与えています!
 
 

お久しぶりです

 投稿者:詩織  投稿日:2011年 7月19日(火)09時17分58秒
  人とちゃんと関わるようになって、痛みも知った。
6月初め、たいしたことはないのに、私は全然慣れていない、つまはじきにされるという、辛い悲しい経験。
これまでずっと、人との関わりから一歩引いてて、すっかりグループに入り込むっていう事がなかったから、追い出されただけで、ガックリ。
今までの仲間や、地域の方々にも、私も悪口を言われていると思うと、関わりが怖くなって動けない。表情が固まる。笑えない。
グチる元気もなくって、外が怖くって、黙って家にこもり、ひび割れた感からの再生を待ち。

それでも、半月でココや自身のブログに『書き込みしたい!』と思えるようになって、ひと安心。と、家の理由でパソコンが使えなくなって。いつか使えるようになるのかどうかもわからず…。
家人もイライラしてて、息ができない感じの数日。
ずっとパソコン使えないのなら、インターネットカフェを利用するか、まだドーンセンターって図書室でパソコン置いているのか、ともかく、知人におことわりをいろいろ入れなくては、などなど考え。でも、現実的なこれからを考える必要があった事は救いにもなったような。

そう、対処できる自分、繋がりがある自分、に気付き。

家が安心できないなら、□□や**に行こう、〇〇さんに会おうと動き。ひとりにしゃべって受け入れてもらえたら、ホッとして、軽く他の数人に出来事をしゃべり。
少し大丈夫になって。
平行して、ここ(地域)がダメならあそこ(一番やりたかった所)の活動!と、新たな事を始め。
もう大丈夫。でも、顔は固まり気味。楽しいこと、したい。

西先生の講座受講、楽しかったです。
でも、今日は自身の1ヵ月半の件のみしかアップする気力なし。
講座内容とか、本当に皆にも伝えたいけれど、無理はしません。では、また。
 

津村さんの日記を拝読して

 投稿者:灯(あかり)  投稿日:2011年 6月 3日(金)17時52分42秒
  >人生を振り返ると、他者の素晴らしさを自分自身で見分けて取り入れ、徐々に自分の血肉にして、いまの「わたし」をつくった…

 健康な頃には、そう常に私も思えたのにと、辛いです。
 FLCはじめ多くの支援には、生家に恵まれなかった分、感謝もひとしおです。
 窪田さんも書かれたように、中年期は貴重な変革期ではと、頭では理解できます。
 でも更年期障害で、恩師友人のお蔭で営々と築けた自分が無残にも死んだだけ、新たな良き自分を再生できないのが、不甲斐なくてなりません。

 そんな中、結論から申せば大丈夫でしたが、ある命にも関わる病が疑われました。
 最初は取り乱しましたが、次第に冷静な闘病の覚悟が出来た頃、無事と診断されました。
 誰も悪くない、誰にも起きる不運なら、私は前向きに対処できる自信は回復しました。
 その病気の方の苦しみが軽い等と申す気は皆無です。私も罹患するかも知れまないのに。
 が、明白な加害者のいる暴力被害の辛さも再認識させられました。普段は忘れられても、後遺症に苦しむ最中は、つい恨みばかりが募ってしまいます。

 基本的には関係の良い、今の家族の協力も限界を越し、些細な諍いを機に、夫と長女に、「もっと世間で揉まれないと」と厳しく言われました。阪神大震災を機に、家族のためを思い生家と関係を断っていることも、誤解され責められました。
 が、健康な頃には、人づきあいにも努力し、大失敗はしていなかったのに。本来の自分でない姿を見られたくなく、寝込みがちな状態では、どうしようがあるでしょうか。

 詩織さんが、ご自分の痛みばかりに囚われず、人と関わろうとされていること、尊敬します。早く見習えるようになりたいです。
 メタセコイアさんの故郷の復興も、心よりお祈りいたしております。
 

ある講座

 投稿者:詩織  投稿日:2011年 5月29日(日)19時44分51秒
  京都へは、やっぱり行けませんが、ある施設で、6月23日の西先生の「子どもとの関わり方(?)」の受講はできそうで、とっても嬉しい♪楽しみです。
楽しく、やりがいのある、子どもや保護者やボランティアスタッフの面々にとって、とてもよい施設なのですが、ちょっと問題も感じられる事も有り…。『2012年度には、メンタル系のグループ立ち上げて、女性ライフサイクル研究所の先生を招こうか』など考えていたので、とってもとっても嬉しいです。
16日夜の方が参加者少なくて、じっくり受講できそうなのですが、別の用事があり残念。でも、早く行って、前の席を取ります!
 

受講か、ゆとりタイムか

 投稿者:詩織  投稿日:2011年 5月17日(火)08時21分4秒
  近年『自身の痛み』だけにとらわれることなく、やっと人と関わるようになってきて。
よいことなんだけれど、楽しいことも多いけれど、シンドイ。
友達・仲間・家人・御近所さん…。特に、夫。
今まで、ちゃんと向き合わずに付き合い続けていられたのが、おかしいのかもしれません。やっと軽口を交わしたり、相手に向ける感情を認めたり。
長い間『[実家]よりマシ。すっごいステキ』と、昔の[家族]の方に心を置いていたから、今、いろいろ考える。
この歳で、恥ずかしい、初歩の初歩の違和感。軽い悩み事。

そんな時、タイムリーな講座内容。
《夫とのコミュニケーション力アップ》って、私に今、本当に必要な事。
でも、朝から京都は…ん~~~ん、どうしよう。
唯一ここ数年、夫との間で、ずっと大切にしている朝の時間。
他では、いい加減でやっているだけに、それだけは守りたい時間。
もうちょっと、予定を見直し、ちゃんと考えて決めようっと。

( 大阪では、講座予定ないかしら? あったら嬉しいなぁ )
 

《普通》の事

 投稿者:詩織  投稿日:2011年 5月11日(水)08時23分37秒
  笑う・怒る・おしゃべりする。
そんな事が、いろいろできるようになって、嬉しい。
嬉しさ、そしてその自慢を、話したらわかってくれ、言ってくれる人がいて、幸せ。
最初、嬉しさに、受講グループの相席の方に言ったら、「そんなん普通やん」って言われた。
それからは、言う相手を選ぶようにしていますが…。
それにしても、あの講座って、傾聴や、ボランティアや、そんなのを勉強したりする講座だったはず。少なくとも『聴く・共感』というのは、最初の受講テーマだったのです。
できたら、「私には普通に思えるけれど、あなたは嬉しいのね」って言って欲しかったな。
 

ありがとうごさいました

 投稿者:灯(あかり)  投稿日:2011年 5月10日(火)15時01分35秒
   メタセコイアさん、ご実家が不自由な生活を強いられ、ご自分の方がお辛いでしょうに、温かい投稿が有難く、涙が出ました。
 窪田さんも書いておられたように、同じことも解釈次第で、私は妊娠前に虐待親に絶望し切れ、『鶴の恩返しの機織り』から飛び立てたからこそ、わが子を虐待せずに済み、幸運だったかも知れません。
 村本さんのトピック、『被害者からサバイバーヘ』も険しい道程で、一生かかっても難しそうでも、行きつ戻りつしながらも、着実に進みたいと願います。
 何のお役にも立てませんが、故郷の一日も早い復興を心よりお祈りしております。

 詩織さんも、優しい書き込みをありがとうございました。
 阪神大震災のことは、何年経っても忘れられませんね。
 でも、『軽いおしゃべりができるようになる』ことが、逆に私には課題で、画期的な回復をされたこと、素晴らしいと思います。
 下地さんもエッセイで、『被災者への支援は大切だが、行き過ぎた全体主義的な風潮になっても危険』との趣旨を書いておられ共感しました。お互いに可能なことから出来るだけ、無理せず歩んでゆければ良いですね。
 
 

祈りを

 投稿者:メタセコイア  投稿日:2011年 5月 8日(日)16時05分42秒
  灯さん、お久しぶりですね。掲示板をずうっとたどってみたら三年半がたっていました。灯さんのお名前のことは存じ上げております。2日に灯さんの文章を読ませていただいてから、いろいろなことを思い出したり、いろいろな自分の気持ちを感じておりました。まだ気持は整理されておりません。が、前に進みたいので思い切って書いています。

灯さんの長い年月の苦しみ、お母さまへの思いを思いますと、わたしは、灯さんへのことばがみつかりません。
ただただ、灯さんのご回復を心からお祈りしております。
 

16年前の私

 投稿者:詩織  投稿日:2011年 5月 8日(日)09時36分12秒
  灯さん、お久しぶりです。いつも真摯に考えて、御自身の言葉で語る貴女の姿勢に頭が下がります。
私も、いろいろ考えるのですが、サラッと表面的な思いつき、感情を垂れ流すだけで恥ずかしい。
でも『軽いおしゃべりができるようになった』というのは、私には画期的な事。
皆様、軽く読み流しながら、お付き合いくださいませ。

この頃15・6年前の感情、出来事をよく思い出します。
マンションの大規模修繕。初めてのボランティア的な事。通勤時に見える屋根の上のブルーシートの青・青・青…。
そんなこんなで、今の生活を選択し…。大きな転換をしました。

昨日は、久々のバイト(ボランティアの延長で)。収入も有難く、何よりも好きな活動。
できることを、したいことを、したいだけ、やっていけばイイかって、ストンと思えました。
 

震災について

 投稿者:灯(あかり)  投稿日:2011年 5月 2日(月)21時22分38秒
   このサイトを拝読し、改めて考えさせられました。
 遅ればせながら、被災された方々には、お見舞いの言葉も見つかりません。
 闘病に精一杯で、積極的な支援活動を行えない自分に罪悪感を抱いていました。
 西さんの企画にも参加させて頂きたかったのですが、もっと傷ついた方への遠慮がありました。
 が、それも冷たい無関心では決してなく、逆に悲しすぎて感覚がマヒしていたことに気づきました。

 大切な方を喪われた皆様には比べようもありませんが、阪神大震災の際、私は自分を虐待死させようと面白がった〔親〕を助けるため、がれきの中を夫と何時間も歩き(余震等を考えれば生命がけでした)、医療ネグレクトの後遺症を持つ脚を痛めた(二次被害)のに、加害者は世間体ばかりに汲々。私が歩けなくなっても、少しも心配しませんでした。

 ものは考えようで、育児から虐待親を締め出す契機になり、連鎖を断てました。
 けれど、〔両親〕の娘だった私の心は、あの時に死んでしまいました。いえ、元々なつかしい温かい思い出など一つもない生家でしたが…。私を虐待親のかわりに育ててくれた親戚や恩師友人、海と山が迫った神戸の都市と自然がなければ、とっくに死んでいたでしょう。

 その神戸の街も深い傷は抱えつつ再建。私もトラウマに苦しみつつ、夫と愛娘達に恵まれました。
 被災地の方々にも、一日も早い復興をお祈り申し上げます。

 メタセコイアさんが、ボランティアをしたい思いを抱えつつ、まず御自分の回復を優先されていること、ご立派だと私は思います。(病気が重かった頃には、優しく力づけて下さり有難うございました。投稿名を変えていますが、お分かりでしょうか。)私もまず自分の健康を回復し、可能な範囲で周囲の力にもなれるよう努めたいと願います。
 

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