|
|
今日の地元紙にパラオ大統領が来鹿し、県知事を表敬訪問したことが報じられていた。
掲載写真にパラオ国旗があった。
実は、私がこの国旗を初めて見たのは25年程前のことである。
復帰後の沖縄に職場の研修で私一人で出張したことがあった。
那覇港に、沖縄県教組のでかい街宣車が私を迎えに来ていたのにはびっくりしたが、乗せられて連れて行かれた先は、沖縄県校長組合委員長が勤める中学校であった。
その頃の沖縄は復帰直後で管理職組合が厳存していて、力を振るっていた。
その夜、ある報告会があると言って連れられて行かれた市民公会堂で私は意外な人物に遭遇することになる。
前に務めていた中学校の地域では、枝手久島の東亜燃料の石油備蓄基地進出反対運動が、激烈化していて、県警機動隊が出動することが度々あった。
私は、当時鹿教組宇検村地区協議長をしていて、地域住民の反対運動の中核をなす青年部幹部のN氏とは懇意にしていた。
そのN氏が、その晩の講演会の講師だったから本当に驚いた。
また、彼の演壇の後ろに「青地に黄色の丸」の見たことのないデザインの旗が掲げられていた。
N氏の話では、これは、太平洋の小さな島「パラオ」の旗だとのこと。
当時パラオは、まだアメリカの信託統治下にあったので、独立運動の最中であった。
このようにして、N氏は、将来独立した際の国旗として採用されたばかりのパラオの旗を我々に紹介したのである。
日本に親近感を持つパラオ住民が「日の丸」を意識して「白地に赤」ではなくて「青地に黄」の旗をデザインしたとはN氏の説明ではあった。
青は、「太平洋」。黄色の丸は「夜の月」をイメージしたロマンチックなデザインであるとのこと。
その旗が、まぎれもなく、現在のパラオ国旗なのだ。
N氏はパラオで開催された、確か「太平洋少数民族会議」とか言う名称の会議に出会しての帰りだったと思う。
これも、もう、四半世紀前のことにはなりますが・・・。
http://www2.synapse.ne.jp/mahoroba62/
|
|